弁護士に対する相談・依頼のハードル

 

法的トラブルの発生状況


弁護士ドットコム株式会社が,2019年に,どれくらいの人が,どのような法的トラブルに遭ったのか,その中で,実際に弁護士に相談・依頼した人はどの程度いるのかについての調査結果を発表しています。

その調査結果によると,18歳から69歳の人口約8136万人の内,約2割の約1610万人が法的トラブルに遭ったと推測されるとしており,トラブルの内容は,上位から,労働問題,離婚・男女問題,借金問題,相続,交通事故,インターネットトラブルと続いていました。

実際に,私の経験上でも,上記の内容は頻繁に出てくる事案でした。

法的トラブルに悩んだ人は誰に相談している?


トラブルに遭遇した人へのアンケート結果によると,その内の77.8%が弁護士に相談できると知っていたと答えているのですが,その内の57.7%が弁護士を探さなかったと回答しています。
これは,弁護士に相談・依頼することへのハードルが高いことを意味しています。

では,相談しなかった方々は,一体誰に相談したのでしょう。

上記アンケートによると,複数回答有の条件で,上位から,家族・親族(44.3%),友人・知人(32.4%),誰にも相談していない(28.4%),会社の上司・同僚(14.8%),行政機関窓口(11.1%),弁護士以外の士業(10.2%),その他(2.3%)という結果になっており,3割弱の方が,トラブルを一人で抱え込んでいることが分かりました。

弁護士に相談したい理由と現場の実態


弁護士に相談したい具体的な理由として,「様々なアドバイスがもらえそうだから」,「(あまり揉めずに)早期に問題が解決できると思ったから」,「有利な決着が期待できそうだから」,「手続きなどが複雑で面倒そうだから」,「交渉が面倒そうだから」という声が挙がっています。

理由の大半については,弁護士が求められているものを提供できるのだろうと思います。しかし,一部については,世間の弁護士に対するイメージや期待値と,弁護士実務の実態とのギャップがあるのだなと再認識しました。

まず,弁護士は何でもできると思われがちですが,基本的に,弁護士はできることしかできません。
何を言っているのだろうと思われますよね。

何かを請求する場合,その法的根拠が必要になります。併せて,法的根拠を裏付ける証拠が必要です。いくら依頼人が「請求してください」,「この話は事実です」と声高に言ったところで,法的根拠と,それを裏付ける証拠がなければ,要望を叶えることは難しいのです。

例えば,貸したお金を返してもらいたいという事案があるとします。
法的根拠として,借りている人に対して,返せと言える権利を持っている人である必要があります。そのため,AさんがBさんに貸したお金について,Aさんが回収をしないからといって,おせっかい焼きのCさんが代わりに請求してあげようと思っても,Cさんには請求できる法的根拠がないため請求できません。

次に,貸したことが分かる証拠が必要になります。最たるものとして貸付証書や借用書があります。口約束だったため書類がないという場合でも,銀行振込で貸した,メールに貸し借りに関するやり取りが残っている,本人が借りたことを認めている,貸し借りについて会話した録音があるなど,法的根拠を裏付ける証拠を基に,弁護士は貸したお金を返せという請求をします。

勿論,弁護士は依頼人を信じて活動します。依頼人が請求するものに法的根拠があれば,証拠がなくとも交渉を開始することはできます。しかし,相手方が借りていないと回答した場合,証拠がなければそれ以上の示談交渉は困難であり,仮に裁判を起こしても,客観的に貸したことが証明できなければ,裁判官は勝訴判決を出しません。
そのため,弁護士は,相談を受ける段階で,勝ちが見込める事案かどうかを検討し,弁護士費用をかけて依頼をするメリットがあるのかどうかを含めてアドバイスします。

上記の例であれば,Cさんの相談の場合,「そもそも依頼は受けられません。Cさんには請求する権利がありませんから。」というアドバイスになります。

Aさんの相談の場合,「交渉はできますが,Bさんが借りていないと言った場合,証拠がないと裁判をやっても勝てませんので,弁護士費用だけかかる可能性があります。また,仮に裁判で勝ったとしても,Bさんが支払いに応じない場合,差押え(強制執行)をしなければいけません。しかし,差押えする財産を特定する必要があり,その調査や手続きにも費用がかかります。更に調査の結果,差押えする財産がなければ何も回収できませんし,破産されてしまう可能性もあります。それでも依頼されますか?」という趣旨のアドバイスをするでしょう。

中には,弁護士から「借りたお金を返してください」という内容の請求通知書が届いたことに焦り,証拠がなくても白旗を揚げて要求に応じる人もいます。

しかし,すべてのケースでうまくいくわけではありません。

貸したお金を回収しようとしたのに,何も回収できずに終わってしまい,弁護士費用だけ残ってしまう可能性があるという説明を受け,請求額が少額になればなるほどデメリットの方が多くなることから,泣き寝入りを選択される方を多く見てきました。

以上のように,弁護士は何でもできるわけではなく,ましてや弁護士だからといって必ず有利な決着がつくわけでもないのです。

弁護士の実力や,事案の勝ち筋・負け筋,依頼人・弁護士が思う勝ち負けなど,現場の実態については,「事案の勝ち筋・負け筋」,「依頼人が思う勝ち負けと弁護士が思う勝ち負け」に詳しく書いていますので,興味のある方はそちらもお読みください。

弁護士に相談したくない理由と現場の実態


弁護士に相談したくない具体的な理由として,「弁護士費用が高いと思うから」,「そもそもトラブルの内容的に弁護士に頼むほどではないと思うから」,「結局何をしてくれるのか正確にわからないから」,「プライベートなことを他人に話すのは嫌だから」,「弁護士を立てると話の対決姿勢が明確になると思うから(かえって揉めそうだから)」という声が挙がっています。

現場を見てきた私の経験からすると,一概にそうとはいえません。

まず弁護士費用ですが,確かにイメージ通り,高額な費用がかかる事案はあります。しかし,初期費用だけをみて高いと感じていても,実際は高くないことも少なくありません。

例えば,着手金10万円と言われれば,いきなり10万円払うことに高いと感じるかもしれませんが,その事案が終結するまでに3か月かかった場合,1か月あたり3万3千円で,弁護士や事務員が動き,依頼人に代わって様々な交渉や手続きを行い,問題が蒸し返されないように法的拘束力のある書類を作成し,終結まで導きます。

事案によって,半年,1年かかることも珍しくありませんので,その場合,更に割安になります。中には,あっという間に解決することもありますが,基本,弁護士に頼むほどこじれている事案が,あっさり終わるケースは稀です。

それを早く終わらせるのが弁護士の仕事であり,実力だろうと言われる方もおられますが,先に記載したとおり,弁護士は何でもできるわけではありませんし,対立している相手方を説得するのは容易ではありません。

対立している相手方の立場になって考えると,話をまとめることの大変さが分かります。
弁護士から,何の強制力もないのに要求を受け入れろと言われた場合,すんなりと要求に応じるでしょうか?

弁護士に頼んだのに早く終わらない,相手方を説得できないことだけを指して,実力不足だと指摘することがズレていると理解できるのではないでしょうか。

例を出すと,貸したお金を取り戻したいという依頼を受けて,弁護士が返済についての交渉をしたところ,相手方からお金がないと回答された場合,法律では,裁判所を通さずに直接財産を取り立てる行為は違法となるため,地道に交渉を続け,相手方の財産状況の調査を行い,示談交渉で分割返済や減額を提案することや,裁判を起こして差押えなどの手順を踏んでいきます。

また,親族にお金持ちがいた場合,依頼人としては,そこから回収すればいいじゃないかと思うでしょうが,いかなる者であっても,支払い義務のない親族に対して請求をすることはできません。結果,時間がかかり,依頼人としては,弁護士の腕が悪いと感じるようになるのです。

私の経験上,依頼人が費用と結果に不満が残る事案の場合,その多くが弁護士の説明不足(したつもりでも,依頼人が理解していなければしていないのと一緒)が原因でした。

説明不足によって信頼関係が築けていないからこそ,あとから不満が出てきます。逆に言うと,これができていれば,たとえ要望通りの結果が出なかったとしても,不満が出ることは少ないです。
 
費用については,「弁護士費用」に詳しく書いていますので,気になる方はぜひお読みください。

弁護士に頼むほどではない事案かどうかについては,その判断が間違っている場合も多く,結果,弁護士に相談に来た時には,どうにもならないという状況を何度も見てきました。

依頼はせずとも,そのトラブルが本当に些細なものなのか,今はそうでも今後大きな火種になる可能性はないのかなど,専門家の話を聞くことをお勧めします。

何をしてくれるのか正確にわからないことについては,単に,弁護士との意思疎通の問題であり,多くの弁護士は,相談されれば何ができるのかを明確に回答します。相談者自身が何をしたいのか分からないという事案もありますので,自身の悩みや要望をきちんと話して,分からないことは分かるまで質問することで解消できますよ。
 
弁護士を立てることで更に揉めるという声については,確かに,弁護士に頼むことで相手方が怒ってしまうことはあります。特に加害者的立場(請求されている側)の人が先に弁護士を立てると,その傾向は強まります。しかし,それは最初だけで,弁護士が弁護活動を続けることで,一定の終結を迎えることがほとんどです。

少なくとも,私の経験上,弁護士とは何も話さないと拒絶され,最後まで何も活動できなかったことはないと記憶しています。

事案の多くでは,相手方もただ揉めたいわけではなく,問題を解決したいという気持ちを持っています。当事者間で話をすると,つい怒りが込み上げるような場面も,弁護士が介入することで,落ち着いて話をすることができる場合も多いのです。

勿論,弁護士の交渉方法次第では,火に油を注ぎ,更に揉めることもあるでしょう。性格がイケイケ・温厚,性別,年齢,その他諸々,弁護士も人です。合う・合わないは確実にありますので,長く付きあえて,思ったことを言える・聞いてくれる関係が築けて,かつ相手方に適していると思えるキャラクター性の弁護士に依頼しましょう。

今は,相談だけであれば気軽にできる窓口も多く,無料相談も様々な場所で実施されていますので,同一事案でも,複数の弁護士に相談するのもいいと思いますよ。

最後に,何でも抱え込まないようにすることが解決の第一歩だと思いますので,悩んだら,まずは誰かに話してみてはいかがでしょうか。

まとめ


依然として高い弁護士へのハードルですが,それが誤解によることも多く,業界にいた身としては,本当に勿体ないことだと思います。

正しい弁護士の選び方,使い方,関わり方を知れば,自身にとって最大限の利益をもたらすことができます。

事案が重症化してから相談しても弁護士にできることは限られますし,事案によっては,ベテラン・新人,類似事案の経験の有無に関係なく同じ結果になります。

大事なのは,トラブル発生前に予防策を講じること,トラブルが発生した後であれば,早期に何をしておくべきか専門家に相談することです。依頼するかどうかは,アドバイスによって相談者自身が決めればよく,弁護士に相談したからといって必ず依頼をする必要はありません。

弁護士は一職業であり,サービス業です。お店で物を買うのと同じで,選択権,決定権は消費者である相談者・依頼人にあります。弁護士に委縮する必要はありませんし,実は気軽に接してほしいと思っている弁護士も多いものですよ。

私のコラムを読んで,一人でも多くの方や企業が,少しでも豊かになればいいなと切に願っております。

※データ出典 弁護士ドットコム株式会社「月間弁護士ドットコムVol.53」