依頼人が思う勝ち負けと弁護士が思う勝ち負け |
何をもって勝ち負けとするのか |
弁護士に依頼する事案の多くには相手方が存在し,その場合,その相手方と対立関係にあることがほとんどです。
依頼人としては,自身の要望する結果が出れば勝ち,出なければ負けと考えるでしょうが,弁護士の視点になると,必ずしも依頼人の考えと同じになるとは限りません。
依頼人からすると,弁護士の視点など関係ない,自身の要望を叶えるために活動するべきだと思うかもしれません。しかし,弁護士は,依頼された内容を達成することも大事ですが,まずは「依頼人の最大限の利益」を考えます。その際,要望が感情によるものや,目先の利益に囚われている依頼人に対し,広く長い目で客観的に見た弁護士が,依頼人を諭して勝ち負けの価値を変化させることがあります。
それは,依頼人にとっての勝ちが,依頼人にとって最大限の利益とは限らない場合です。
何をもって勝ち負けとするのかは,事案や依頼人の価値観によって様々ですが,大事なのは,正しい選択肢の中から,理解・納得のうえで判断することです。それにより,後悔をすることはなくなるでしょう。
後悔が訪れるということは,自身の中での勝ちが揺らいでしまった瞬間であり,そういう変化が訪れないように導くのも弁護士の仕事なのです。
事例1(要望が感情によるもの) |
人間関係が問題となっている事案の場合,要望が感情によってしまう傾向があります。
特に男女問題(離婚,婚約破棄,交際中のトラブルなど)では,双方に自身の信じる正義があり,双方が被害者的主張を行うといった展開になることも多く,そのため,「こっちが被害者なのに,相手方は何て酷いことを言うのか」と感じるやり取りが繰り広げられ,より感情的になってしまい,正常な判断ができなくなります。
電話で相談の予約を入れる際,「そちらに私と同性の弁護士はいますか?同性の気持ちが分かる弁護士に相談したい。」や「同様の問題で異性側の相談も受けていますか?異性の味方をする弁護士には相談したくないので。」などの確認をされる方がいるほど,感情的になっていることも珍しいことではありません。
具体的な要望が,『自身の利益<相手方のダメージ』という感情になっており,自身が損をしてでも,相手方にとって一番大きなダメージを負う方法を求めることもしばしばです。
そういった場合,弁護士は,依頼人の気持ちを落ち着かせ,依頼人を憎しみから解放し,前向きな第一歩を踏み出せるよう依頼人を諭します。
なぜなら,弁護士は依頼人の要望を叶えることが仕事ですが,その根本に,依頼人に最大限の利益(お金に限らず,心の平穏であったり,事案が終了した後の人生がより良くなることなど)をもたらすことこそが,依頼人にとって一番良い方法だと考えているからです。
この場合,依頼人の勝ちは相手方への最大限のダメージであり,弁護士の勝ちは依頼人が最大限の利益を受けることとなり,双方の考えが対立します。
上記のように,依頼人のことを思って話をしても,「どうして相手方を守るのか!先生はどっちの味方なのか?」という発言をされる方もおられます。
中には,依頼人の求めることを淡々とこなし,事案を終結させて,報酬金を受領し,依頼人とはそれで終わりという仕事をする弁護士もいるでしょう。
依頼人の要望を叶えることが1番,文句を言われてまで依頼人のために活動はしない,単に面倒臭い,依頼人の先の人生は自身には関係ないなど理由は様々でしょうが,それも仕事として1つの形です。
ですが,憎しみが一生続くことはそうあることではありませんし,そうあるべきことではありません。
青臭いと言われるかもしれませんが,私は,弁護士には弁護士にしかできない仕事があり,折角その資格を有しているのであれば,依頼人の人生がより豊かになる方法を選択する弁護士が増えてほしいと思いますし,そうすることで,いがみ合い,憎しみ合う人達が1組でも少なくなれば,世の中が少しでもより良いものになるのではないかと信じています。
事例2(目先の利益に囚われている) |
事例2では,交通事故被害に遭って,損害賠償請求をしている事案を紹介します。
弁護士の見立てでは,損害賠償額は,最高で500万円です。
この場合,相手方の任意保険会社からは,「示談段階だから,250万円でいかがでしょうか。」などの提示があります。
細かい計算方法は割愛しますが,弁護士が見立てた額は,裁判をやった場合に最大限認められた場合の額であり,保険会社からすると,裁判で最大限認められるとは限らないのに,裁判で完全に負けた場合の賠償金を示談で支払うメリットはないと考え,早期解決の代わりに減額してくださいという提示をしてくるのです。
事案のことを考えると落ち着かないから早く解放されたい,明日は我が身(いつ自身が事故を起こす側になるか分からない)なので必要以上に問題を大きくしたくないなどの理由で示談に応じた方を多く見てきましたが,それは最大限の利益(心の平穏など)を得ているといえるでしょう。
しかし中には,すぐにまとまったお金が入るという理由だけで示談する方もいます。
この場合,依頼人の勝ちはすぐにまとまったお金が入ることですが,弁護士としては,意味もなく数百万円も減額するのは負けだと考えます。
そのため,全ての選択肢を提示し,それぞれのメリット,デメリットを理解したうえで決定してもらえるよう促すことで,依頼人の最大限の利益を確保するよう努めるのです。
まとめ |
依頼人が満足していれば,結果が伴っていなくとも勝ったといえるという考え方は間違っていませんが,大事なのは,その過程において,依頼人が正しい選択をしたかどうかです。
全ての選択肢からメリット,デメリットを検討したうえで,自身にとっての利益はこれだという選択をしていれば,最大限の利益といえるでしょう。
弁護士が,あなた自身が思う勝ち負けを否定してきた場合,弁護士と対立せず,きちんと話し合うことです。なぜ弁護士が否定しているのかは,きちんと向き合って,きちんと説明してくれます。
もっとも,弁護士も人です。良い悪いではなく,合う合わないはあります。
どうしても噛み合わない場合は,同じ事務所の別の弁護士に担当を変えてもらうか,別の事務所に依頼することも考えていいと思います(弁護士の変更は珍しいことではありませんし,弁護士もギスギスした関係を続けたくないと考えています)。
弁護士を解任した場合,弁護士の活動内容によって一部費用が戻ってくる場合がありますが,再度,別の弁護士に依頼をする場合は,新たに正規の弁護士費用がかかるため,戻ってこなかった弁護士費用分が損をしたと感じるかもしれません。しかし,目先の弁護士費用(戻ってこなかった分)惜しさに,信頼関係が築けない弁護士と関係を続けると,結果,大きな損失となる場合もあります。
後悔のない選択をするために,我慢や妥協はせず,本当の意味での勝ちを獲得するようにしましょう。